セーラー出版は2013年7月1日をもちまして、社名を「らんか社」に変更しました。

  • 8割は怒っています

    いやだいやだのスピンキー

    ウィリアム・スタイグ/作
    おがわえつこ/訳

    26×20cm 32P
    定価1,650円(本体1,500円)


    表紙、裏表紙とともに怒った少年が描かれています。
    そう、この男の子が主人公のスピンキーです。
    笑顔あふれる坊やが表紙の『ピッツァぼうや』とは反対です。

    本を開くと、扉の前に、2つの場面あって、扉と併せた3つの絵には背景は白いままで、文字がついていません。
    “スピンクス”とお姉ちゃんが悪口をいった(もしかしたら、スピンキーが仕掛けた口喧嘩だったのかもしれないよ)、お兄ちゃんがバカにした(ベルギーの首都をフィラデルフィアだと言っただけなのにね)……。ちょっと前に不幸ことが続いて起きたようです。
    どちらが悪い、どちらが間違っている…とかいうのでなく、ものすごく腹がたってしまったのです。
    怒りをひきずったスピンキーは家を飛び出したのでした。
    ここから背景が描かれ、このお話が始まります。

    おなじくスタイグの作品『ジークの魔法のハーモニカ』(絶版)の主人公のジークなら、家出するのでしょう。一方で、スピンキーは、庭の木にのぼったり、ハンモックで横たわったり(末っ子らしい?)…… 遠くへは行きません。移動もあまりしません。背景のほとんどに庭の芝生が描かれているので、緑色が続きます。
    でも安全な芝生とは対照的に、スピンキーの心は遠く離れています。彼が徹底してとった行動は、みんなを相手にしないこと。つまり、家の中に入らない! 誰とも口をきかない! 誰の言う事もきかない! ということでした。
    スピンキーは、本文全32頁中、25頁は怒っています。全体の約8割は怒っています。ずっと目がつりあがっています。

    子ども時代の家出というのは実際には、いろいろな事情が重なり、これほど長くは続きません(私がかつて失敗したときもそうでした。寒くなったり、暗くなったり、お腹がすいたりして終了したものです)。
    でもスピンキーの場合は、おなかが空いたころに母親から差し入れがあったり、気候の良い日のあと、雨が降りだせば傘を出してもらったり、家族に見守られながら、25頁ぶんも続いてしまうのです。
    これは成功といえるのでしょうか? 
    本人の希望通りといえるのでしょうか? 家出としては成功かもしれないけど、スピンキーの気分は晴れません。
    見守ってもらえばもらうほど、意固地になってしまうのです。

    これだけ長いと、たいていの読者は、途中で冷静になることができそうです。
    冷静になれば、スピンキーの代わりに、家族の様子も観察できそうです。
    そして、『で、どうする? このままでいるの?』本のなかのスピンキーに問いかけるようになります。
    スピンキーにもじわじわと効いてきたのか、雨が降る夜に悩むクライマックスでの表情は、それまでと異なっています。
    たった1頁だけど、スピンキーにとっては長い長い時間なのでしょうね。

    そして、自分で答えを出します。

    最後に著者は、またこういう事件が起きそうな気配をしっかりと残しています(裏表紙でも怒っているスピンキーが描かれているのは、そのせいかもしれませんね)。
    何度も繰り返して成長するのでしょう。

    この絵本を開くたびに、怒りがおさまりきれないとき、行き詰まってしまったとき、自分で自分を追いつめてしまったとき……そんなときに、気持ちをたて直す筋力(おきあがる力なのだから、腹筋力みたいに名前があればいいのに。あるんですかね?)を鍛えてくれるようです。

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